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横浜地方裁判所 平成2年(ワ)775号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一  請求原因1(当事者)の事実は、当事者間に争いがない。

二  請求原因2(詐欺)について判断する。

1  参議院議員選挙の投票が平成元年七月二三日に行われたこと、原告と被告が同年五月四日に被告住所地の同人方で会つたこと及び原告が(一)ないし(三)の日時場所において各金額の現金(合計二億四〇〇〇万円)を交付したことは、当事者間に争いがない。

2  当事者間に争いがない右事実及び請求原因1の事実に、《証拠略》を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和五〇年に弁護士登録をし、以来横浜弁護士会に所属して弁護士を開業していたところ、昭和六三年一一月ころ、神奈川四区から衆議院議員に立候補することを決意し、保守系無所属で出馬する準備を進めるとともに、平成元年三月、自民党に入党したが、広告代理店に勤め選挙関係に詳しい訴外岡市脩から、同じ保守政党である進歩党からの立候補を勧められた。

そのため、原告は、(1)同年四月一五日、原告と同じ弁護士であり、かつ、進歩党の副代表であつた訴外円山雅也(以下「円山」という。)と同人の選挙事務所で、(2)同月一七日、進歩党の代表であつた被告と大船駅前のハンバーガー店で、(3)五月一日、円山と銀座の料亭「出井」で、(4)同月四日、被告及び円山と被告住所地の同人宅で、それぞれ会談した。

その結果、原告は、同年夏に予定されていた参議院議員選挙に進歩党の比例代表区から比例代表順位一位で立候補するとともに、進歩党に対して三億円の資金援助をすることとなつた。

その後、右援助資金の額は減額され、党員一万名分の党費名目として二〇〇〇万円を拠出する他に、二億四〇〇〇万円を援助することになつた。

(二)  原告は、所有する株式を売却して右二億四〇〇〇万円を用意し、

(1) 内一億円について、六月一五日午後九時ころ、被告住所地の同人宅において、被告に対し、

(2) 内七〇〇〇万円について、六月二二日午前一一時ころ、横浜市中区《番地略》所在の原告の法律事務所において、被告の弟で進歩党神奈川県連絡本部長であつた訴外田川秀雄に対し、

(3) 内七〇〇〇万円について、六月三〇日午後九時三〇分ころ、被告住所地の同人宅において、被告に対し、

いずれも現金で交付した。

(三)  原告は、参議院議員選挙に進歩党の比例代表区から比例代表順位一位で立候補し、七月二三日、投票が行われたが、落選した。

その後、原告は、平成二年二月一八日投票が行われた衆議院議員選挙に進歩党公認で神奈川四区から立候補し、再び落選したが、三月九日、進歩党常任幹事会において副代表に就任した。

しかし、右参議院議員選挙の後、原告は、被告に対し、その政治姿勢や進歩党の運営等について、種々不信感を抱くようになつていたところ、平成二年五月一日午後開催予定の進歩党全国大会における議案事項である平成元年度収支実績表に、原告が資金援助した二億四〇〇〇万円が計上されていなことを知り、五月一日午前、進歩党全国幹事会において、右収支実績表に二億四〇〇〇万円を計上すべきである旨の緊急動議を提出したが否決され、副代表を辞任した。

3  そこで、被告の欺罔行為の存否、即ち、被告が原告に対し、真実は進歩党の会計に納入する意思がないのに、これあるもののごとく装つて、資金援助を要請したか否かについて判断する。

(一)  原告本人尋問の結果によれば、原告と被告が平成元年五月四日、被告住所地の同人宅で会つた際、被告は原告に対し、進歩党への三億円の資金援助を求めたことが認められ(る)。《証拠判断略》

(二)  ところで、政治資金規正法は、政治活動に関する個人の寄附について、各年中において二〇〇〇万円を超えることができない旨を定めており、右三億円の資金援助が原告の進歩党に対する寄附であるとすると同法に違反することになる。被告が原告に進歩党に対する三億円の資金援助を求め、その後二億四〇〇〇万円についてこれが実行されるに当たつて、被告はもとより、原告もまた右の事情を理解していたことはその各本人尋問の結果によつて明らかであるところ、右援助資金の性質について、被告は、原告自身から簿外処理にして表には出さないで欲しいと要請されたもので、簿外処理されるべき寄附と認識していた旨供述する。これに対し、原告は、進歩党に対する貸付金と考えていたもので、簿外処理を要請したり、資金の出所を秘密にして欲しいなどと発言したことは一切ない旨供述し、それにもかかわらず原告の右思惑にそう処理がなされていないことをもつて、被告の欺罔行為を裏付ける一つの証左とするもののごとくである。しかしながら、原告本人尋問の結果によつても、原告と被告との間では、単に援助云々の言葉が交わされただけであつて、それが進歩党への貸付金であることを具体的に示す言葉は全く出ていないことが認められるだけでなく、《証拠略》を総合すると、被告の資金援助要請とこれに応じた原告の援助資金の交付については、何らかの合意文書や借用書等の書類は一切作成されず、右資金の返済の時期・方法等に関する話も全く出なかつたことが認められるのであり、これに加えて、前記2で認定したように、原告は、右資金を現金で交付していること、さらには、政治資金規正法の定める限度額を超える個人の政党に対する援助資金は、その是非はともかく、関係者間では、それをいわゆる「裏の金」として処理されるべき性質を帯びたものと暗黙裡に了解し合うのが世間一般の例と思われること等の事情を総合勘案するならば、被告は、その供述のように、原告からの援助資金は簿外処理されるべき性質の寄附であると認識していただけでなく、資金援助を行う原告においても同様の認識を持つているものと考えていたと推認するのが相当である。

(三)  そして、原告は、被告が右の援助資金を私に費消した旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、《証拠略》を総合すれば、原告の交付した二億四〇〇〇万円の援助資金は、進歩党の平成元年度の自治省に対する収支報告書及び平成二年五月一日開催の第四回全国大会において提案された平成元年度収支実績表には計上されなかつたものの、実質上、すべて同党の会計に組み入れられ、平成元年夏の参議院議員選挙に関する費用として支出されたことが認められる。

(四)  以上によれば、被告が進歩党の会計に納入する意思がないのにこれあるもののごとく装つて原告に資金援助を要請したとはいえず、結局、原告の主張する被告の欺罔行為は本件全証拠によるもこれを認めることができないことに帰着するから、その余の点を判断するまでもなく、請求原因2(詐欺)は理由がない。

三  請求原因3(横領)について判断する。

1  前記二で認定したとおり、原告は、進歩党のために、二億四〇〇〇万円の資金援助を行つたことが認められるところ、被告がこれを同党の資金とせず私に費消するために着服横領したことを認めるに足りる証拠はない。かえつて、前記二の認定事実によれば、右の金員は、全額進歩党の会計に組み入れられ、平成元年夏の参議院議員選挙のための同党の選挙資金として支出されていることが明らかである。

2  したがつて、その余の点について判断するまでもなく、請求原因3(横領)は理由がない。

四  請求原因4(名誉毀損)について判断する。

1  被告が平成二年五月二三日東京高等・地方・簡易裁判所内司法記者クラブにおいて記者会見をしたこと及びその際新聞記者に配付した書面中に原告について「悪徳弁護士」と表現した部分があることは、当事者間に争いがなく、《証拠略》によれば、被告は、右記者会見において、原告を「悪徳弁護士」呼ばわりする発言をしたことが認められる。

2  ところで、自己の正当な利益を擁護するために、やむを得ず、他人の名誉を毀損するような言辞を用いて反駁した場合、その表現内容だけを切り離して考えると相手の名誉を侵害するものであつても、そこに至つた経緯に照らすと、相手の名誉を毀損するような言辞を用いたことには無理からぬ事情が存在し、かつ、相手のとつた言動と対比して、その方法・内容において一般社会通念上それもまた自然の成り行きとしてやむを得ないものと考えられる限度を超えないかぎり、右の行為は違法性を欠き、名誉毀損による不法行為とはならないと解するのが相当である。

3  《証拠略》によれば、被告が記者に配付した「告訴にのぞんで」と題する書面には、「ただ弁護士という立場にある人物がこのような行為に及んだことや、あとで判つたことですが、その仕事を通じての数々の風評を耳にしていますと、本件をいいかげんに処理することは出来ないと思つています。私の政治生命をかけてこのような悪徳弁護士等の所業を自白のもとにさらしたいという気持ちで一杯であります。」との記載があることが認められ、他方、当事者間に争いがない請求原因1の事実に、《証拠略》によれば、(一) 原告は、被告を批判する他の進歩党のグループとともに、平成二年五月一六日、東京地方検察庁に対し、被告を二億四〇〇〇万円の業務上横領罪で告発し、同日、記者会見を行つて、告発状を記者に配付したこと、(二) そのため、右事実が、新聞・テレビ・週刊誌等で報道され、被告及び進歩党の名誉が毀損される状況が生じたこと、(三) このような事態に及んで、被告は、被告及び進歩党の名誉を守ることを意図して、同月二三日、東京地方検察庁に対し、原告を誣告罪で告訴し、同日、記者会見を行つて告訴に至つた理由等を説明し、その際、前記書面を記者に配付するとともに前記発言をしたこと、以上の事実が認められる。

4  右3の認定事実によれば、被告の言動は、それに至つた経緯に照らして必ずしも無理とはいえない事情が存在するものというべきであり、かつ、原告の行つた告発及びそれについての記者会見の内容に対比して、その方法・内容において、前記2で説示した限度を超えるとまではいえない。したがつて、被告の行為は違法性を欠き、名誉毀損による不法行為とはならないと解するのが相当であり、請求原因4(名誉毀損)もまた理由がない。

五  よつて、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 根本 真 裁判官 杉山正己 裁判官 河村俊哉)

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